「やっぱり優は遅刻なんだよな」
  そんな愚痴をつぶやきながら、僕は海の見える丘で一人ぼんやりと立っていた。いつかガツンと言ってやろうと思っているのだけれど、顔を見るとどうしてもできないんだよな。
  まあ、待ち合わせて何をするというわけではないけれど。なにせ僕にとって話し相手って二人しかいないわけだから、ずっと一人でいたら気が滅入っちゃうよな。
  もともと僕が生まれたこの島は大好きだけど、三人しかいないというだけでこうも雰囲気が変わってしまうなんて。周りに人がいるって素晴らしい。いなくなって実感するよ。一人だったら生きていたって意味ないもんな。
  一人でぶつぶつと考え事をしていたら、やっと坂道を登ってくる優が見えた。あの赤い自転車は遠くからでもよく見える。
「よう、遅かったな」
  そんな嫌味の一つも言ってみる。ささやかな抵抗だ。
「しょうがないじゃない、拓の家はすぐそこなんだから。結構ここまで坂を登るの大変なのよ」
「だからおまえも越してくればいいのに」
「うるさいわねー」
  このちょっとフテクサレ屋の僕の幼なじみは優。まあ小さい島だし皆が幼なじみみたいなものだけど、とりわけ優とは小さい頃から仲がよかった。臆病だし、わがままだし、泣き虫だし、でもまあ、一応僕の好きな女の子だ。
  優は僕の家にいたから助かったけど、優の両親は波に呑まれてしまった。僕の両親は小さい頃事故で死んじゃったから、お互い一人ぼっちになってしまったわけだ。まあ、うちには口うるさい爺ちゃんがいるけど。

  この島はもともと人口千人くらいの小さな島だ。
  基本的に島の経済は漁でなりたっていた。島の男は皆海の男たちだ。月に二回くらい大陸から定期便が来て漁で取れた獲物を売りさばいてたんだけど、津波が島を襲ってから、その定期便に乗って島のものは大陸に行くことになった。なんだか皮肉なもんだ。
  僕も小さい頃から爺ちゃんに漁や魚釣り、さばき方、干物にして吊るす方法など生きる知恵を教わった。体が昔より動かなくなった爺ちゃんに代わって、今や僕が三人の生活を支えている。
  変わり映えはしないけど、三人でおだやかな毎日を過ごしている。

「ねえ、拓?」
「んー?」
「どうしたの、ぼーっとして」
  二人して海岸の砂浜に寝そべっている。さっきまで二人で追いかけっこをしてたけど、くたびれたし特にすることもなく、今はぼんやり空を眺めている。
  外の世界もだいぶ混乱してしまったんだか、テレビは何もやってないしラジオもつかない。ここにはまるで情報源がなくなってしまっているのだ。
「なんだかさあ、このまま世界から取り残されていく気がするよ」
「あら、じゃあ島を出たらいいじゃない。私は残るけど」
「おまえそんなこと言って出ていかないのわかってるくせによー」
  そうなのだ。僕が島を出ない理由はこれしかない。優だ。外の世界に出たって何があるかわかりはしないけど、それにしたってこのままこの島にいるのはある意味自殺行為だ。いずれなくなってしまうんだし。
  だけど優は絶対にここを出ようなんて言わない。全ての思い出を慈しむかのように、この島から離れようとしないのだ。てことは、つまり僕もここを出る必要がないってことだ。
「この間さ、久しぶりに父さん母さんの写真を見たよ」
「へえー、どうだった?」
「うん、爺ちゃんが僕はやっぱり父さん似だなって」
「ふふ、そうなんだ」
「子供のころはすごく足が速かったんだって。やっぱり僕の足も親譲りかな」
「ほんと、拓の足は島で一番だったものね」
  実際のところ両親の顔も写真以外であんまり覚えてないんだけど。それでも、血は脈々と受け継がれてるらしい。
「父さんとかけっこで勝負したかったなー」
  かなわぬ願いだけど、まあ、願うだけならタダだろう。

  最近の日課。
  手紙を書いて、町で拾ったボトルに詰めて海に流すこと。書いている内容はとりとめもないんだけど、誰かが読んでくれたらいいなと思う。もしかして、島を出た僕の友達が拾ったりして。そしたら恥ずかしいな。
  ささやかな、僕と外の世界との接点だ。島を出られない僕の代わりに、ボトルは広い海を旅していくんだろう。

  日々海面は上昇しているみたいで、このままいったらあと数年で島はなくなっちゃうんだろうな。
  世界には永遠なんてものはないし、人も、町も、この美しい風景も、いずれはみんな消えてなくなる運命にある。それでも、みんな精一杯、一生懸命に生きていくんだ。

  明日も平和な一日でありますように。
  明日も世界が美しくありますように。