「もう半年経つのか……早いものだな」
  自分以外誰もいない島で、ふと、つぶやく。

  あいかわらず今日も太陽の日差しが強い。他に誰もやるものがいないので食料調達から家事全般まで、すべて俺の仕事だ。外での肉体労働が多いので、体はもう真っ黒に焼けている。
  振り上げた鍬を下ろす。この広大な畑はすべて俺の土地。さて、そろそろ休憩とするか。
「ふう……よっと」
  大きな樫の木の下、ちょうどいい大きさの石に腰を下ろす。子供たちはいないのに、子供たちの好きな野菜を育てている自分がいる。そう、一人になったからといって、急に生活を変える必要はない。変わらないものもある。変わっていくものもある。俺はこの変わらなさを愛している。
  あの子たちは元気にやっているだろうか。新しい土地で、今も変わらずにまっすぐな目で世界を見据えているだろうか。
  いつか見た小説で男が無人島に漂流するやつがあったな。結局男は島から出ることはできなかったが、そこに安住の地を見出していく。今の俺のようだ。あれは結局ハッピーエンドだったのか、そうでなかったのか。そうだな、正解なんて、ありはしない。
  あいかわらず水面は徐々に上がっているようだ。子供の頃から漁業をしてきた馴染みの浜が、最近ついになくなった。
「島がなくなるのが先か、俺が死ぬのが先か……」
  さて、日が暮れる前に魚でも釣りに行くとするか。銛と籠を手にぶらさげて海岸へ向かう。一番近くの浜はなくなってしまったから、歩いていくと時間がなくなるな。
  チリーン
  ベルを鳴らしてみる。いい音だ。あいつ、よっぽど大事にしてたんだな。手入れがいい。かつて優と言う女の子が乗っていた、今は主の変わった赤い自転車を漕ぐ。まだ強い日差しをうけて、フレームぴかぴかと輝いている。なかなか気分のいいものだ。

  海岸に着く。ふと目にとまったものがあった。打ち上げられたボトルだった。珍しいな。もうゴミを捨てるものもいなくなったというのに。開けてみると、折りたたまれた紙が入っている。ボトルに入っていたのは拓の手紙だった。

「会ったことのない誰か、こんにちは。そして、この手紙を見つけてくれてありがとう。
  僕の名前は拓。君は誰かな?そこはどこかな?僕はそんなに大きくない島に住んでいます。幼馴染の優と、爺ちゃんと三人だけの暮らし。
  とても穏やかだけど、ちょっと寂しくなることもあります。今僕の世界はこの小さな世界。でも、外の世界はもっともっと大きいんだろうね。君はそこで、どんな暮らしをしているんだろう。
  いろいろ想像してみるんだけど、たいしたことを思いつかないんだ。僕はここでの暮らししか知らないから。
  世界にはたくさんの人がいて、日々変わっていくんだろうね。
君に会いたい。まだ見ぬ君に」

  自然と、笑みがこぼれる。あいつめ、いつの間にこんなものを。どこかに辿り着くはずのボトルは帰ってきて、ここにいたはずの拓は広い世界へ飛び出した。まったく、おもしろいな、人生ってのは。

  手紙は、俺がもらうことにした。額にいれて飾っておく。拓の言う穏やかで、少し寂しい暮らしは続いている。まだ島は沈んでいない。どうやら俺の体もまだ動いてくれているようだ。

  季節は春。晴天。草花が風に揺れている。


                           了